動物咬傷 猫と犬だったら猫の方がヤバい
皮膚科の外来や救急外来などで、動物咬傷を見ることはよくあると思います。
そんな時、どんなふうに対応すればいいか迷ったりしませんか?
ここでは猫と犬に絞って、お話していきます。
猫咬傷と犬咬傷の違いについて
犬猫咬傷 ポイント3つ
・猫咬傷の方が重症化しやすい。犬咬傷は猫より感染のリスクが低い。
・抗生剤投与は、猫は全例、犬はケースバイケースで良い。
・オーグメンチン250mg1日3回5-7日間 が基本
オーグメンチン(アモキシシリン水和物・クラブラン酸カリウム錠)
専門医試験対策
専門医試験対策には
猫の起因菌はPasteurella multocidaが多い
猫の方が重症化リスクが高い
ことくらいを覚えておく感じでよいでしょう。
2020年、2019年では該当する出題はありませんでした。
詳しく見ていきます。
犬咬傷では感染をきたさないケースもある
そもそも、犬咬傷では全例感染症をきたすわけではありません。猫では高確率で起きるとされています。
実際の論文上の数字では
猫咬傷での感染は28-80% >> 犬咬傷での感染は3-18% とも言われます。
実際に臨床にでて感じ取っている自分の体感としても近い数字です。
そもそも何の目的で抗生剤を出すのか
抗生剤をどの目的で出すのかポイントです。
・受診時、動物咬傷によりすでに感染が起きているか
・今感染は起きていないが、今後起きるかもしれない感染の予防をすべきかどうか
闇雲に抗生剤を全例出すのではなく、まずここを考えましょう。
猫と比べ、犬に噛まれた時に感染が問題になることは比較的少ない、という事実を思い出しましょう。
猫咬傷では全例抗菌剤を処方する
ネコ咬傷では基本全例で抗菌剤を処方すべき と考えます。
猫では噛まれた後に感染をきたす確率が高く、また感染を併発した場合に重症化するリスクがあります。
猫の口腔内菌を考えて、嫌気性菌も含めて広くカバーするためオーグメンチンを基本に
オーグメンチン7日間
オグサワ(オーグメンチン+サワシリン)7日間
などの処方を検討します。
また症状が落ち着くまでこまめに数回以上フォローをすべきです。咬傷部の感染が遷延し、潰瘍・膿瘍形成をきたすこともしばしば起こります。
犬の項目で述べますが、感染症科や救急科医師も猫咬傷で積極的な抗菌薬投与を推奨しています。
犬咬傷で抗菌剤が必要なケース
・患者がcompromised host (重度糖尿病、免疫抑制剤の使用、免疫低下をきたす抗がん剤使用中など)
・筋や腱に及ぶ深い傷
・受診時に周囲皮膚に広がる発赤・腫脹・熱感など明らかな感染兆候があること
特に犬の場合は犬咬傷の全例が感染を併発するわけではありませんので、
【診察時に咬傷部の皮膚の感染兆候がない】【コントロール不良の糖尿病】【免疫抑制薬の使用】などがない場合は、抗生剤内服は必要がないケースもあります。
ここで改めて犬咬傷において抗菌薬投与が必要なケースについて考えましょう。
①すでに感染が起きている
②感染の予防が必要
なときは抗菌薬投与を考えましょう。
逆に、
①→臨床症状に乏しい場合、傷が浅い場合で診察時に感染兆候がない
②→既往がなく若年で健康な人
などであれば、
病院勤務の先生の場合は、犬咬傷で上記のケースでは抗生剤処方なしに数日後にフォローしてみてもいいと思います。
実際、自分はそこそこの皮膚科臨床年数が経ちましたが、犬咬傷で抗生剤内服なしで良好な経過を辿ったケースを多く経験していますし、上記の条件が揃っている症例では抗生剤を処方せずに数日後悪化した、ということも経験ありません。
しかし、【犬咬傷の全例が感染を伴わないわけではない】ので
・大学病院勤務などで外来枠の関係上、細やかな数日後フォローが難しい
・開業医、クリニック勤務のため、予約をして数日後にきてもらう約束が難しい
場合などは犬咬傷もオーグメンチン7日間しっかり処方するべきだと思います。
救急科医師の榊原吉治先生も、
「すべての猫咬傷とハイリスクな犬咬傷(たとえば受傷から6時間以上経過,深い傷, 手や関節にかかる傷、高齢者、既往に糖尿病や脾摘出がある場合)では,抗菌薬投与が必要である」
榊原吉治:レジデントVol.7 No.9.2014より引用
と書かれてあります。
感染症の大家、青木眞先生も
「抗菌薬投与を積極的に考慮すべき因子(の一つに)ネコの咬傷」として、犬咬傷とはわけて考えられています。
青木眞:レジデントのための感染症診療マニュアル
猫と犬は別です。
自分の考えもこれに同じです。
問診で聞くこと
治療を考える上で、問診上大事なポイントをまとめます。
・身体のどの部位を、いつ噛まれたか
→四肢の咬傷であれば元々リンパ浮腫がないかどうか
乳癌術後の上肢リンパ浮腫、などがあると感染が長引きやすい
→体幹よりも手>足の咬傷のほうが重症化しやすいとされています
(青木眞:レジデントのための感染症診療マニュアル)
・どの動物の種類か
・飼育環境(飼い猫、飼い犬、ワクチン接種歴)
患者背景
・抗生剤アレルギーがないかどうか
・既往歴の確認 脾臓摘出後、肝疾患、コントロール不良の糖尿病があればリスク
・内服薬の確認 ステロイド、免疫抑制薬など
・抗がん剤治療歴
・生活歴 アルコール多飲がないかどうか
猫の方が見た目よりも傷が深く嫌気性菌も多い
自分の上司は「猫の方がカワイイ顔してヤバい、と覚えよ」と言ってました。犬も可愛いですよ。
犬、猫咬傷ともPasteurella属、Staphylococcus、Streptococcusによる感染が多いとされています。
特に、猫咬傷による感染の 75%は Pasteurella 属であり、その中でもPasteurella multocidaが54%とされています。
また、P. multocida は受傷から24時間以内に発症する蜂巣炎を特徴とし、経過が早いことが特徴です。
犬のPasteurellaの保有率は10%、15%から75%と、文献によりまちまちです。犬のパスツレラ保菌が高かったとしても、犬咬傷は猫より深くならないことから実際に犬咬傷で問題となることが少ない可能性もあります。
こんなデータもありました。鎌田寛他:日獣誌41,549-554,1988
犬口腔内菌 n=50
Staphylococcus 80%
Streptococcus 74%,
Fusobacterium 66%
Bacteroides 40%
Enterobacteriaceae (Escherichia, Proteus, Klebsiellaの3属) 36%,
Veillonella 26%
Lactobacillus 22%
Candida 14%
Pasteurella 10%
とのことです。パスツレラが以外と少ないですね。
菌の種類別にまとめます。
・パスツレラ症
パスツレラ属菌(主に Pasturella multocida )による感染症
約75%の犬,およびほぼ100%の猫の口腔内,上気道, 消化管に常在
動物は症状なし
第一選択ペニシリン、アンピシリン
他、第2・3世代セフェム、クラリスロマイシン、ドキシサイクリン、アジスロマイシン、ニューキノロン、アンピシリン・スルバクタムやアモキシシリン・クラブラン酸カリウム
・ カプノサイトファーガ感染症
原因菌Capnocytophaga canimorsusが多い
発症すると敗血症に至り重症例となる
受傷部の炎症が目立たずに数日の潜伏期の後に重篤な全身症状が生じる
β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン、第3世代セフェム系、ニューキノロ ン、カルバペネム系が有効
・破傷風
破傷風菌(Clostridium tetani)
嫌気性
開口障害、嚥下障害、強直性痙攣
発症まで3日~3週間
死亡率50%
破傷風トキソイドは、最後の接種から5年以上経過していれば追加接種を行う必要を検討する
・狂犬病
狂犬病ウイルス(Rabies virus )
発症すると死亡率は100%
犬,猫,狐、コウモリなど
日本国内で犬に咬まれて狂犬病になった例は1956 年を最後に、1957年以降以降なし
動物では昭和32年(1957年)の猫での発生を最後
現在、日本は狂犬病の発生のない国とされている
日本国内で飼われている犬に咬まれた際には、狂犬病の心配はしなくて良い、と一般的に考えられる
輸入感染事例としては、
1970年 ネパールからの帰国者で1例
2006年 フィリピンからの帰国者で2例
ただし、日本の犬の狂犬病ワクチン接種率が70%程度ということは念頭に置いておきましょう。
おわりに
いかがでしたか。
イヌ ネコ咬傷で困った時に、噛まれた患者さんがきたときに。
日々の臨床にお役立ていただければ幸いです。
2020年令和2年度皮膚科専門医試験過去問の解説解答はこちらから。
note目次作りました。
救急外来でみそうな疾患で皮膚科がらみは他にムカデも!
専門医試験対策にもデルマ侍。
参考文献
http://medical.radionikkei.jp/kansenshotoday_pdf/kansenshotoday-200106.pdf
厚生労働省ホームページ
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou10/07.html
Weber, D.J., et al.:Medicine 63: 133-154.1984
荒島康友他:大塚薬報 28-31.2011
大橋久美子他:日臨微誌26,112-118.2016.
鎌田寛他:日獣誌41,549-554,1988
榊原吉治:レジデントVol.7 No.9.2014
鈴木道雄他:医事新報4898:55-56.2018
南本俊之他、:函医誌42(1)50-53.2018
海老沢功他:感染症誌59:701- 707.1985
菅沼明彦:ドクターサロ ン58:566-570.2014
菅沼明彦:Mod Physician25:531-536.2005
青木眞:レジデントのための感染症診療マニュアル